、片手をさしのべながら、あやすように話しかけました。そうしているとセエラは、セエラ自身まるで何か小さな人なつっこい獣で、内気で野蛮な獣の気持をよくのみこんでいるようでした。
「お猿さん、入らっしゃいな。私、苛めやしないことよ。」
 そんなことは猿も知っていました。で、セエラがそっと手を取り、天窓の上にさし上げた時も、されるままになっていました。セエラが抱きしめると、猿もセエラの胸にしがみつき、髪の毛を親しげに握って、セエラの顔を覗きこみました。
「いいお猿だこと。私、小さな生物《いきもの》が大好きよ。」
 猿は火にありついてうれしそうでした。セエラが坐って、膝の上にのせてやりますと、猿は物珍らしげに、彼女とベッキイとを見比べました。
「この子は不器量ね、お嬢さん。」
「ほんとに、不器量な赤ん坊のような顔をしているわ。お猿さん、御免なさい。でも、お前、赤ちゃんでなくてよかったわ。お前のお母さんは、まさかお前を自慢するわけにもいかないでしょう。御親戚のどなたに似てらっしゃるなどとうっかりお世辞をいうわけにもいかないしね。でも私、ほんとにお前が好きよ。」
 セエラは椅子にもたれて、思い返しました。
「この子だって、きっと器量が悪いので悲観しているのよ。その事がしょっちゅう心にあるんだわ。でも、猿に心なんてあるかしら? 可愛いお猿さん、あなたには心がおありでございますか?」
 が、猿はただ小さい手をあげて、頭を掻いただけでした。
「お嬢さん、この猿、どうするの?」
「今夜は、私の所にお泊《とま》よ。明日になったら、印度の小父さんの所へ伴れて行くつもり。私はお前を返すのが惜しいのだけどね、でも、お前は帰らなきゃアいけないのよ。お前は家中《うちじゅう》で一番可愛がられるようにならなきゃアいけませんよ。」
 セエラは眠る時、自分の足許に猿の巣をつくってやりました。すると、猿はその巣が気に行ったらしく、赤ん坊のようにその中に埋《うずま》って眠りこみました。

      十七 「この子だ」

 翌日《あくるひ》の午後には、大屋敷の子が三人印度紳士の書斎に坐って、病人の気をひきたてようとしていました。子供達は、特に病人から来てくれといわれたので、来て病人を慰めているのでした。印度紳士は、ここしばらくの間、生きた心地もないほどでしたが、今日こそは、ある事を熱心に待ち受けておりました。そのある事というのは、カアマイクル氏がモスコウから帰って来ることでした。氏の帰朝は、予定より何週間も遅れたのでした。初めモスコウに着いた時には、索《もと》める家族がどこにいるものか、少しも判りませんでした。やっと尋ね当てて行ってみますと、あいにく旅行中で不在でした。旅先に追いかけて行こうとしても無駄だったので、氏はその人達の帰るまでモスコウで待つことにしたのでした。
 カリスフォド氏は安楽椅子に寄りかかり、ジャネットはその下に坐っていました。ノラは足台を見付けて坐り、ドウナルド(ギイ・クラアレンスのこと)は皮の敷物の飾りについている虎の頭に跨《またが》っていました。少年はかなり乱暴に頭をゆすっていました。
「ドウナルド、そんなに噪《さわ》ぐんじゃアありませんよ。」と、ジャネットはいいました。「御病人に元気をつけてあげようっていう時には、そんな金切声を出すものじゃアありませんよ。カリスフォド小父さん、喧しすぎやしなくて。」
 病人は、彼女の肩を軽く叩いて、
「いや、そんなことはない。噪いでくれた方が、考えごとを忘れていいのだよ。」
「僕は、これから静かにするよ。」と、ドウナルドはいいました。「みんなで、二十日鼠のようにおとなしくしようじゃアないか。」
「二十日鼠が、そんな大きな音をさせるものですか。」
 ドウナルドは手巾《ハンカチ》で鐙《あぶみ》を造り、虎の頭の上で跳ね躍りました。
「鼠がありったけ出て来たら、このぐらいの音はさせるよ。千匹ぐらいいりゃア、するよ。」
「五万匹集ったって、そんな音しやしないわ。一匹の鼠ぐらい、おとなしくしなきゃア駄目よ。」
 カリスフォド氏は笑って、また彼女の肩を叩きました。
「お父様は、もうじきお着きになるのね。あの行方不明の娘さんの話をしてもよろしくって?」
「私は今、その話よりほか、とても出来そうにない。」
 印度紳士は、疲れた顔の額に皺をよせました。
「私達は、その子がそれは好きなのよ。みんなでその子のことを、『妖女《フェアリイ》ではないプリンセス』って呼んでるの。」
「なぜ、そう呼ぶの?」
「こういうわけなの。あの子は、ほんとうは妖女《フェアリイ》じゃアないけど、見付かった時には、まるでお伽噺の中のプリンセスみたいに、お金持になるのでしょう。初めは『妖女《フェアリイ》の国のプリンセス』といってたんですけど、そいじゃアしっくりいか
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