は、いろいろの珍らしい贅沢なものの一杯ある美しい部屋になってしまいました。朝出て行く時には、前の晩の食べ残しが置いてあるのに、夜帰って来てみると、食べ残しは綺麗に片付けられ、また別な美味が置き並べられてあるのでした。
 セエラはこうした幸福と慰めとのため、だんだん健康になり、希望に充ちて来ました。相変らず皆からはひどく扱われましたが、どんな時にも、屋根裏に帰りさえすればと思うと、辛いとも思いませんでした。
「セエラ・クルウは、大変丈夫そうになったじゃアないか。」と、ミンチン先生は不服そうに妹にいいました。
「ほんとに、だんだん肥って来たようですね。まるで餓えた烏みたいになりかけていたのに。」
「餓えただって? 食べたいだけ食べさしてあるのに、餓えるはずはないじゃないか。」
 アメリア嬢は、へまな口を辷《すべ》らしたと思って、おどおどと、
「そ、そりゃアそうですけど。」と、合槌《あいづち》をうちました。
「あの子の年で、あんな風なのは、不愉快だよ。」
「あんな風なって?」
「いわば反抗心とでもいうんだろうね。たいていの子供は、あんな境遇の変化に逢ったら、意地も元気もなくなっちまうはずなのに、あの子はまるで、まだ宮様《プリンセス》かなんぞのように、しゃんとしているんったもの。」
「姉様、憶えていらしって? あの、いつかセエラが教室でこういった時のことを。先生はどうなさるでしょう、もし私が――」
「そんなこと憶えちゃアいないよ。つまらないことはいうものじゃない。」
 争われないもので、ベッキイも近頃はむくむく肥り出し、何か落ちつきが出て来ました。肥るまいと思っても肥り出し、怯えようとしても怯えられなくなったのだから仕方ありません。彼女もやはり、誰も知らないあのお伽噺のおかげを蒙《こうむ》っていたからでした。今は彼女も、敷蒲団は二枚あるし、枕も二つ持っています。毎晩温かな御飯を食べ、火の燃えている炉のそばに坐ることが出来るのでした。バスティユの牢獄はいつか消え去り、囚人は影も見えなくなりました。その代りに二人の幸せな子供が、よろこびにひたっているばかりでした。時とすると、セエラは書物を取り上げ、声を出して読んだりしました。時とするとまた、じっと炉の火を見詰め、あのお友達は誰だろう、どうかして自分の胸に感じていることを、その人に伝える術はないものだろうか、などと思いに耽りました。
 すると、また素敵な事件が起きて来ました。ある日一人の男が玄関に来て、いくつかの小包を置いて行きました。その宛名は、『右手屋根裏部屋の少女へ』とだけ大きく書いてあるのでした。
 小包を取りにやられたのは、ほかならぬセエラでした。彼女が一番大きい包みを二つ、客間のテエブルの上に置いて、宛名を眺めていますと、そこへミンチン先生が入って来ました。
「宛名のお嬢さんのところへさっさと持っておいで。そんな所に立ってじろじろ見てるんじゃアないよ。」
「でも、これは私のです。」と、セエラは静かにいいました。
「お前のだって? 何をいってるんだよ。」
「どこから来たのだか存じませんけど、宛名は私なんでございます。私の眠るのは右手の屋根裏です。ベッキイは左ですから。」
 ミンチン女史は、セエラのそばへやって来て、昂奮した顔つきで小包を眺めました。
「何が入ってるんだい?」
「存じません。」
「開けてごらん。」
 セエラはいわれた通りにしました。中から出て来たのは、着心地のよさそうな美しい衣裳でした。靴、靴下、手套《てぶくろ》、美しい上衣、それから見事な帽子、雨傘――すべて、上等な高価な品ばかりでした。その上、上衣のポケットには、こんなことを書いた紙片《かみぎれ》が、ピンで留めてありました。
「平常《ふだん》にお着なさい。換える必要があったら、いつでも換えて上げます。」
 それを見ると、ミンチン女史は卑しい心の中に、何か不思議なことがあるなとさとりました。あるいは自分は思いちがいをしていたのかもしれない。この孤児《みなしご》の背後《うしろ》には、誰か変りものの、しかし勢力のある友人があったのかもしれない。あるいは誰か今まで知られていなかった親戚があって、ふとセエラの居所をつきとめた上、こんな妙な方法で彼女の世話をしはじめたのかもしれない。親戚にはよく変人があるものです。殊に年とった、金持で独身《ひとりみ》の伯父などというものは、子供をそばに置くことをいやがって、遠くの方から、その子の様子を見守っていたりするものです。またそんな伯父はきまって癇癪持《かんしゃくもち》で、怒りっぽいものです。だから、もしそんな人がいて、セエラのひどい様子を見たら、いい気持のするはずはありません。ミンチン女史は、妙に不安な気持になりました。で、彼女はセエラを横目でちらと見て、セエラの父が亡くなって以来使
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