るのだと思って、お気を静めて下さい。」
「あれは、いつも娘のことを『小さい奥様』と呼んでいた。だが、あの鉱山奴《やまめ》のおかげで、我々は何もかも忘れてしまったのだ。あれは娘の学校の話をしたかもしれない。が、私は忘れてしまった。すっかり忘れてしまった。どうしても思い出せない。」
「しかし、まだその娘を見付けることは出来ます。パスカル夫人の所謂《いわゆる》『御親切なロシヤ人』の捜索を続けるんですな。あの女は、何だかモスコウにいるような気がするといっていましたよ。それを手がかりとして、とにかく、私はモスコウへ行ってみることにしましょう。」
「旅行の出来る身体なら、私も一緒に行きたいのだけれど、この健康では、こうして毛皮にくるまって、じっと火を見ているより他ないのだ。何だか火の中から、クルウ大尉の若い、快活な顔が、私を見返しているような気がする。何か私に訊ねているような顔付だ。私はよくあれの夢を見る。夢の中では、その訊ねたいことを、口でちゃんというのだ。君、あれがどんなことを訊くと思う?」
「よくわかりませんね。」
「あれは、いつでもこういうのだ。『トム、なつかしいトム。小さな奥様はどこにいるのだい?』とね。」彼はカアマイクル氏の手をしかと掴んで、握りしめました。「私は、それに返事が出来るようにならなければならん。どうか、あの娘を見付けてくれ。頼む。」
          *        *        *
              *        *        *
 壁の向うでは、セエラが、晩の食事にまかり出て来たメルチセデクと話していました。
「メルチセデクや、今日という今日は、宮様《プリンセス》のつもり[#「つもり」に傍点]も辛かったわよ。いつもどころの辛さじゃアなかったわよ。だんだん寒くなって、往来がじめじめして来ると、私の務は辛くなるばかりだわ。ラヴィニアったら、私が裾を泥んこにしているって、嗤うのよ。私、思わずかっとして、危《あぶな》く何かやり返してやるところだったけど――でも、やっと我慢したの。かりにも宮様《プリンセス》が、ラヴィニアみたいな下等な人の相手になるわけにはいきませんものね。でも、舌でも噛まなきゃア我慢出来なかったわ、私自分の舌を噛んだの。今日はお午《ひる》すぎから、とても、寒くなったのね。今夜も寒いわ。」
 ふと、セエラは黒髪を両手
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