くわ》え出したのは小さな革袋で、それをネルロにわたしました。丁度その近くに小さな十字架像があって、その下にささやかなお燈明《とうみょう》があったので、ネルロは気のない様子で、そのうすあかりに袋を近づけてしらべると、コゼツという名が書いてあり、中には六千|法《フラン》という大金の切手が入っていました。これを見るとぼんやりしていた少年の気持が、しゃんとして来ました。彼は早速それをふところに押しこんで、犬をなでて歩き出しました。パトラッシュも小走りにつづきました。ネルロはまっすぐに粉挽小屋へかけつけて、入口の戸をたたきました。開けたのはおかみさんで、目を泣きはらしていました。アロアもそばにすがりついていました。
「ああお前さんだったの、可哀想に。」とおかみさんは涙をこぼしこぼし優しい声で言いました。
「でもね、早くおかえりよ。旦那さんが見たらやかましいからね。今夜、うちでは大変な心配事ができたんだよ。旦那さんが、さっき馬でおかえりの途中、大金の入った財布を落してね、今探しにお出かけなすったところなの。生憎この雪ではねえ――。もしみつからなかったら、うちは丸つぶれになってしまうんだよ。ほんとにうちの人が、お前さんに辛くしたむくいが、今来たのですよ。」
少年は革袋を取り出し、パトラッシュを家の中に呼び入れました。
「この犬が、このお金をいま見つけたんです。」と、ネルロは口早に言いました。
「どうぞ旦那さまにそうおっしゃって下さい。もうこの犬も老いぼれて来ましたから、どうかこの犬だけ宿を貸して饑《う》えないようにしてやって下さい。おねがいです。僕の跡を追いますから、どうかやさしくなだめてやって――。」
待って、と言う間もなく、少年は身をかがめて犬に接吻《キス》したかと思うと、すばやく扉《ドア》を閉め、闇の中へ走り去ってしまいました。おかみさんもアロアも、あまりのよろこびとおどろきに言葉も出ませんでした。パトラッシュは閉めこまれた樫の扉《ドア》に腹立たしく吠えかかったがもうだめでした。おかみさんもアロアも、ネルロのことは気になりましたが、何事も父親がかえってから、今はせめてパトラッシュだけにもと、お菓子や肉を一ぱい出して来て、一生けんめいなだめ、炉ばたの温《あたたか》いところに誘おうとしましたが、それは何の甲斐もありませんでした。パトラッシュは石のように扉《ドア》の前に頑張ったままみむきもしないのでした。
しばらくたって、別の入口から、主人のコゼツがしょんぼりかえって来ました。どっかと腰を下すと、うめくように言いました。
「ああ、もうだめだ。提灯をつけて残らず探して見たのだが、もうない。――娘にゆずる分も何もかもすっかりなくなってしまった。」
おかみさんは革袋を差出して、事の次第をはなしました。聞いているうちに、コゼツはたまらなくなって、ぶるぶるふるえるからだを投げ出し、両手でしっかりと顔を掩《おお》ってしまいました。
「ああ、わしはあの子に辛く当って来た。わしのような人間が、どうしてあの子の親切を受けることができようか。」と、彼は身悶えしてうめきました。小さなアロアは、それに元気づいて父のそばへにじり寄り、その美しい捲毛の頭を父の膝におしつけながら、
「お父さん、ネルロはもう家へ来てもいいのね。明日招んでもいいのね、先《せん》のように。」
コゼツは娘をしっかり抱きしめました。その顔は涙でぬれていました。
「ああ、そうとも、そうとも。明日のクリスマスには招ぶのだよ。いつでも遊びに来たい時は来てもらうがいい。わしの剛慾《ごうよく》がこんな罪をつくったので、いま神様がこらしめて下すったのだ。わしは神様におすがりして、あの子に償いをせねばならぬ。罪ほろぼしをせねばならぬ。」
アロアはうれしさのあまり、父親に接吻《キス》して、大きな膝からすべり落ちるか早いか、扉《ドア》の方ばかり、見守っている犬の許にかけて行って、
「今夜、パトラッシュに御馳走してやってもいいの。」とさもうれしそうに叫びました。
「いいとも、いいとも。うんと御馳走しておやり。」とコゼツは言いました。この老いた頑固なおやじさんも、全く心の底から改心してしまったのでした。
その夜はクリスマスの前夜ですから、大きな粉挽場の中は、目のさめるように美しくかざり立てられていました。吊された線の枝々《えだえだ》。うめもどきの赤い実がたくさんなっている枝の間から、十字架像と、時鳥《ほととぎす》の形をした置時計がのぞいています。アロアをよろこばせるための、紙でこしらえた提灯には灯《ともしび》がつき、いろいろなおもちゃや、目のさめるような絵紙につつんだおいしいお菓子が一ぱい並んでいます。このクリスマスのかざりをした明るいたのしい、そして食物《たべもの》のたくさんある部屋で、パトラッシュを
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