の悪い疑念を鞭打った。
 私は何を見たのか? 骨の壺に刻まれたアラビヤ文様の幻影であるか? 或いは美女の幽霊であるか? それである、一人の美しく若い処女――それがあの免職教員と睦まじく肩を並べ、向うの方へと曲って行くのである。
 あれは盗みをした可愛い娘ではないか? 何故今頃、教員に用があって、面会するのか? 何故二人はあんなに楽しそうなのか?
 ああ、そして私は何んなに淋しく沈みかえり、妹を手元から失い、敵をこの街から逃して了ったか? 私の慰安は一体何処にあるのか? 前に関係した二人の姉妹も絶交を申し出し、そして、行衛をくらまして了っている。ああせめて、あの妹娘の方丈でも、私の傍らに居たら……
 だのに、彼処を見よ。若い教員、そして新鮮な美女! 二人は一緒に巣を造る二羽の小鳥のように舞っている。おお、あれは教誨する師と、懺悔する教え子の姿ではない。たしかに無い。
 嫉妬? それに似たものが暗い雲のように私の心を埋めた。私は勢いづいて二人の影を追い駈け、そして二人の間へと、無遠慮に割り込んで行った。
 処女はいじけた小鳥のように顫えた。そして教員は? 彼は沈鬱な表情で私を見上げた。私は男の方へは注意せず、女の方を真正面から眤と見てやった。彼の女は消え易い雪の様に素直で臆病であった。何うして斯んな大人し気な女が盗みを働いたか? それは一つの大きな疑問である。
「ミサ子さん!」と私は馴れ馴れしく云ってやった。「ミサ子さんとは、何て好い名だろう。あの晩に教わった名ですね。」
 教員は険悪な風向きを見て取ると、私を慰撫するように口を入れた。
「ああ、心は微妙な丈に、又毀れ易いものです。さあ、此の娘さんの心を掻き乱さないように、二人で愛して上げねばいけない。」
「二人で愛する?」と私は眼を赤く怒らして、教員の前に立ち塞がった。けれど、不意に自ら耻じると、主人に会った犬のように、私は大人しい表情に戻り、それから静かに処女の方を振り返った。
 ああ、その時である。その処女が私を強い恋着の眼で見つめて居たように思い取れたのは……けれど私はそれを気にしなかった。いや、自分の見ちがい、もしくは思いちがいであると信じて了った。
 私は落ちついて、別れの言葉を告げ、二人をうしろにして、他の路を取った。淋しい心から、頼り所のない気持が湧き上って、斯う私に問うようであった。
「何うしたのだ。あ
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