一揆が徘徊すると酒肴を出して御機嫌をとる向きもあったが、町内または知人らから竹木を集めて町の入り口に防禦の柵矢来を構うるやからもあった。いわゆる土倉の中には命よりも金銭を惜む輩もあって、刃を執って一揆等と渡り合い、夫婦共に非命の最期を遂げたという話もある。一揆は夜分こそこそ掠奪するのではなく、堂々と篝火を焚きて威嚇するのであったが、掠奪も多くは放火に終った。洛内の火災その半ばは彼ら一揆の仕業である。要するに一揆も群盗には違いがないが、一揆というほどに多勢でない群盗の横行もまた頻繁であった。したがって人殺しも珍しくない。下々の輩の気が荒くなって、何とも思わず乱暴を働く者の多かったこと勿論であるが、優にやさしかるべきはずの公卿も、殺伐の風に染みて、人を害することもあった。のみならずかく物騒なのは洛外も洛中と同じことで、大津や山崎との往来も折々は梗塞された。
 かく述べ来ると当時の京都の住民は、朝《あした》をもって夕《ゆうべ》を計り難く、恟々《きょうきょう》として何事も手につかなかったように想像されるが、実際はさほどにあわてて落ちつかぬ暮らしをしていたのではない。ノン気であったとはいえぬけれど案外に平気なもので、時に際して相応に享楽をやっている。遊散にも出かければ、猿楽も見物した。加茂や祇園の例祭には桟敷もかかり、人出も多かった。兵乱や一揆のために焦土と化した町もあると同時に、その焼け跡に普請《ふしん》をして新宅を構うる者も続々あった。土御門内裏のごときも、焼亡の後久しからずして再建になった。将軍の柳営とても同断である。これが決して驚くに足らぬわけは、内裏の御料所や公卿将軍およびその他に納まるべき年貢は、一乱以後大いに減少したとはいうものの、全く納まらなくなったのではないからである。あるいは規則どおりに、あるいは不規則に、とにかくに年貢が続いて運ばれ、越後、関東、西国等から金米その他方物が京都に輸入され、また諸種の用件を帯びて遠国からわざわざ入洛する者絶えず、故に京都には一定の地方を限りてその入洛者に特に便宜を与える店舗も出来た。これらの旅人からのコボレや輸入などで京都の町はその繁昌を維持し、殊に三条、四条辺にはかなり大きな店が並んでおったらしい。乱世であるのにこの状態は、一見すると矛盾のはなはだしいものと考えられべきはずであるが、実はそうではなくして、かえりて道理にかなった話なのである。というのは、いかに兵乱が危険でも、常習性の者になると恐れてばかりはおられないからであって、次第に危険を軽蔑するようになり、遂にはいよいよ焦眉の急に切迫した場合は別として、さもない時には成るべく取越し苦労などをしないこととなるのである。この呼吸が呑み込めずしてはとうてい足利時代を会得することができない。
 大体上述のごとき京都市民の生活の中で、特に公卿はいかなる特別の生活をなしておったか、これがすなわち次に起こってくる問題である。ちょっと考えると王権式微の武家時代であるによって、公卿の窮乏もさぞかしはなはだしかったろうと想われるのは当然のことであって、実際生活難に苦しんだ公家もまた少なくない。皇室の供御《くご》も十分とはまいらなかった時代であるからして、公卿の困ったのはむしろ怪しむに足らぬことであろう。坊城和長がその日記中女子の生れた事を記したついでに、「女の多子なるは婦道に叶うといえども、貧計なきにおいてはもっとも、こいねがわざるか」とこぼしている。その他の公卿日記にも、秘計をやることがしばしば見えているが、秘計とは金策をするという義なのだ。先ず食物から述べると、他の階級の輩はどうであったかわからぬが、少なくともそのころの公家は二食であったらしく、すなわち朝食と夕食とのみで、昼食というものは認《したた》めなかったと見える。昼食に相当するものの喫せらるるのは、旅中の昼|駄餉《だしょう》くらいであったろう。しかしてその朝食の喫せらるるのは、たいてい朝の八時から九時にかけてのことで、今日における日本人の朝食に比すると、案外落ちつきてゆっくりと認めたものらしい。時としては朝食からして引き続き酒宴に移ることもある。先ずフランス人のデジネのようなものであったろうか。かかる朝食であるからして、客を招きてこれを振舞うということもおのずからあるので、中以下の公家の間におけるその招待のさまがすこぶるおもしろい。心安い客を朝飯によぶ時には、主人の方では汁のみを支度することが往々であって、その汁とても無論一種のことが多く、あるいは松蕈《まつたけ》汁とか、あるいは鯨汁とか、あるいは菜汁とか、つまり汁の実にすべき季節の物かもしくは遠来の珍味を得た時は、それだけでもって客をするのである。しからば肝心の飯はどうしたかというに、それは招かれた者どもの方で持ち寄るのである。招待した方
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