中世史に屬すべきものであると同時に、兩者の間に差別があるのは、恰も歐洲の中世に於ても、其前期と後期と一概に論ぜられぬのと同樣である。一言を以て言へば、鎌倉時代の文物の特色は、其ナイーヴな點にあるのであるが、これは足利時代に於て大に缺乏して居るものである。ナイーヴな度は、鎌倉時代の末期に於て漸次に減退し、足利時代に入りて甚しく稀薄となつて居る。足利將軍が其政廳を京都に置いたことは、單に政治上のみではなく、所謂文明史から見ても、重大な事件であるのみならず、抑も政治と文明とは、實に決して沒交渉のものではなく、文明の諸要素中、政治が其最も重大なものであることを考ふる時は、吾人は我國史に特に足利時代を設くることの決して徒爲でないことを信ぜざるを得ぬのである。
底本:「日本中世史の研究」同文館
1929(昭和4)年11月20日発行
初出:「藝文 第三年第十一号」京都大学文学部
1912(大正1)年11月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:はまなかひとし
校正:土屋隆
2010年1月21日作成
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