順次に感化したのではなく、越前から海路能登に向ひ、それより加賀へも、また越中へも傳はつた如くに見える、これは當時の海陸交通の關係或は之を餘儀なくしたのかも知れぬ、又上述の曹洞の禪僧の中明峯と明極とは、單に北陸道のみならず、陸羽にも宣教して居る、出羽が鎌倉時代に臨濟よりも多く曹洞の影響を受けたのは、これが爲である。
 時代を以てすれば禪宗は建長頃より關東に頓に盛にして鎌倉末葉に至るまで衰へず、中仙道は之に後くるゝこと半世紀、奧羽はそれよりも更に早きこと四分一世紀、これまた注意すべきことで、北陸道に至りては、鎌倉末の二三十年間に至つて始めて盛になつたのである。
 以上の如く淨土と禪との二宗の傳播の跡を見れば、大に相類似して居る點がある、即布教地として特に關東に重を措いたことゝ、其傳播をした交通路の状態とである、而して此點に於ては五宗中の殘りの三宗も皆同じ結果を示して居るのが面白い、今先づ淨土眞宗から始めて、此原則を適用して見やう。
 眞宗の開祖親鸞は京都の人と云ふことになつて居るけれども、眞宗の東方に於ける傳播の状態を察する時は、或はこれは東國の人の起こした宗教であるまいかとの疑を起こさしむる位である、今こそ眞宗と云ふものは京都風な宗旨であること紛ふ方なき樣であるけれど、鎌倉時代には、矢張關東を先きにした、これは親鸞が越後常陸の間に遍歴した爲と云へばそれ迄であるが、其痕跡は淨土や禪と殆ど同一轍である。
 越後、下野、常陸の三國を連結した日本を横斷する線は眞宗の發剏線である、此中で常陸の方面が最多く發展した樣に見える、即改宗の當初三十箇年許りの間に、常陸から下總、武藏、甲斐、相模と云ふ順序に海道筋を押し上つて三河に活動の大勢力を集め、一方に於ては越後から信濃に入り、美濃を犯した、これが即眞宗西漸の始である、然らば此時代に東國の布教に從事したものは誰かと云ふに、これは甚だ答へ難い問題である。
 何故と云ふに、東國と西國とを論せず、眞宗の傳播の仕方は餘程外の宗旨と違て居る所がある、他の宗旨で云へば、一人の名僧が足に任せて數箇國を行脚して、數多の歸依者改宗者を作ると云ふ順序になるのであるが、眞宗にありては右の如く諸國を遍歴する僧侶の全く無いではないが、甚僅少である、鎌倉時代に於ける眞宗は、潮の押寄せる樣に、洪水の氾濫する樣に、連續性を以て將棊倒しに傳播したもので、若干の個人が奔走した結果のみではない、他の宗旨から改宗した僧侶は、妻帶して其寺に居直つて、財産を私有にして動かない、俗人の改宗したものは、私宅を變じて寺としたとは云ふものゝ、今日で謂ふ説教所を開始したので、其寺號は數十年、若くは數百年の後に、始めて本願寺から許可になつたものである、故に斯かる俗人の説教所開始以後も、以前と同樣俗事に忙はしく鞅掌したのみならず、僧侶にして改宗した連中も以前より一層深く、而かも公然俗事の間に沒入し、中々遠國などへ布教に出かける餘裕はない、斯樣の次第であるから、眞宗では同一の僧侶の手で數個の寺が開かれた例が甚乏しく、從ひて布教の徑路を探ぐることが困難である、けれども今其等少數者の場合につきて考へると、關東に眞宗を流布せしめたのは、開祖親鸞の外、其弟子と稱する眞佛、了智、教名、明光、親鸞の孫唯善、其外明空、性信、西念、唯信、教念、善性、了海等である、中にも眞佛の一派は最盛に東國に布教した而して其基線より更に東北に進んだ眞宗僧には、陸奧に入つたものに前に擧げた性信や親鸞の弟子の是信房や、無爲信などゝいふ者があり、出羽の方へは淨土、禪と同樣越後からはいつて、明法や源海などゝいふ人があつた、しかしながら眞宗は禪宗ほど北陸に侵入はしなかつたのである。
 爰に看過すべからざることは眞宗が三十箇年許り東國に盛に流宣して後、暦仁頃からバツタリと其活動を停止したことである、最も之と同時に近江、美濃、越前、加賀、能登、越中等に於ける盛なる傳道が始まつたのであるから、眞宗が全く活動を止めた譯ではなく、唯關東に於てしたのを、方面を替へて中山道に北陸道に移したものと云ふことも出來る、然るに奇妙なことには、此眞宗が活動を停止した跡へ、同地方即東國に日蓮宗の興隆したことである、日蓮宗の興隆の爲めに眞宗が之を西に避けたのか、或は眞宗が西に向つた空虚に乘じて日蓮宗が傳播し得たのか、其邊はなほ詳に研究して見なければ分明せぬ。
 中山道から北陸道にかけて布教した眞宗の僧侶の重なるものを擧げれば、爰にも眞佛及び其派が中々働いて居る、其外には覺如及び其弟子宗信、覺善、覺淳、慶順、乘專、存覺、并びに善鸞法善など云ふ人々である、而して眞宗の氾濫的布教は、飛騨をも度外に置かなかつたが爲めに、越中から之に宣教師を進めて居る、要するに此地方に於ける眞宗の宣教の盛時は覺如以後と見て大なる誤はない。
 何より
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