ゥら荷箱同様の板を釘づけにされている。唯二三軒、うす汚ない雑貨店みたいのが、いまでも店を開いているが、そんな店先にもクレエヴンやペル・メルの罐《かん》が店《たな》ざらしになっているのは、さすがに軽井沢らしい。郵便局の横町にある理髪店に飛び込んで髭をあたって貰う。南を向いた店先には一ぱい日がさし込んでいる上に、ストオヴを自棄《やけ》に焚《た》いているので、苦しいくらい熱い。この店は夏場は五つか六つ鏡が並べてあった筈だが、いまはたった二個、――そうして他の鏡のあった場所は、何処かの別荘のお古らしい、バネの弛《ゆる》んでいそうなベッドが占領している。ここでこの親方は、客の来ない時は昼寝でもしているのだろう。――私の向っている凸凹のある鏡には、筋向うの、やっぱり釘づけにされた、そして横文字の看板だけをその上にさらし出している、肉屋と、支那人の洋服屋が映っている。おや、何だか見覚えのある奴が通るぞ。なあんだ、テニス・コオトの番人か。やあ、こんどは自動車が通る。毛唐《けとう》の奴らが鮨《すし》づめになっていやあがる。ふふん、さてはハウス・ゾンネンシャインの連中だな。鏡の中に映らないが、自動車が何か
前へ 次へ
全18ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング