のように散歩をして帰って来てみると、いつ東京から来たのか、お前がいつも私の腰かけることにしている椅子に靠《もた》れたまま、いましがたぱちぱち音を立てながら燃え出したばかりらしい暖炉の火をじっと見守っていたのは……
 その夜遅くまでのお前との息苦しい対話は、その翌朝突然私の肉体に現われた著しい変化と共に、私の老いかけた心にとっては最も大きな傷手《いたで》を与えたのだった。その記憶も漸く遠のいて私の心の裡でそれが全体としてはっきりと見え易いようになり出した、それから約一年後の今夜、その同じ山の家の同じ暖炉の前で、私はこうして一度は焼いてしまおうと決心しかけたこの手帳を再び自分の前にひらいて、こんどこそは私のしたことのすべてを贖《つぐな》うつもりで、自分の最後の日の近づいてくるのをひたすら待ちながら、こうして自分の無気力な気持に鞭《むち》うちつつその日頃の出来事をつとめて有りのままに書きはじめているのだ。
 
 お前は暖炉の傍らに腰かけたまま、そこに近づいていった私の方へは何か怒ったような大きい目ざしを向けたきり、何とも云い出さなかった。私も私で、まるできのうも私達がそうしていたように、押し
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