がら飛んで来るのが見え出した。その埃を避けようとして、私たちは道ばたの草の中へはいった。が、誰ひとりその自動車を呼び止めようともしないで、そのまま草の中にぼんやりと突立っていた。それはほんの僅かな時間だったのだろうけれど、私には長いことのように思えた。その間私は何か切ないような夢を見ながら、それから醒《さ》めたいのだが、いつまでもそれが続いていて醒められないような気さえしていた。……
 自動車は、ずっと向うまで行き過ぎてから、やっと私たちに気がついて引っ返して来た。その車の中によろめくようにお乗りになってから、森さんは私たちの方へ帽子にちょっと手をかけて会釈されたきりだった。……その車が又埃を上げながら立ち去った後も、私たちは二人ともパラソルでその埃を避けながら、何時《いつ》までも黙って草の中に立っていた。
 去年と同じ村はずれでの、去年と殆ど同じような分れ、――それだのに、まあ何と去年のそのときとは何もかもが変ってしまっているのだろう。何が私たちの上に起り、そして過ぎ去ったのであろう?
「さっき此処《ここ》いらで昼顔を見たんだけれど、もうないわね」
 私はそんな考えから自分の心を外ら
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