な日が続きだした。しかしその日ざしはすでに秋の日ざしであった。まだ日中はとても暑かったけれども。――森さんが突然お見えになったのは、そんな日の、それも暑いさかりの正午近くであった。
あの方は驚くほど憔悴《しょうすい》なすっていられるように見えた。そのお痩せ方やお顔色の悪いことは、私の胸を一ぱいにさせた。あの方にお逢いするまでは、この頃、目立つほど老《ふ》けだした私の様子を、あの方がどんな眼でお見になるかとかなり気にもしていたが、私はそんなことはすっかり忘れてしまった位であった。そうして私は気を引き立てるようにしてあの方と世間並みの挨拶などを交《か》わしているうちに、その間私の方をしげしげと見ていらっしゃるあの方の暗い眼ざしに私の窶《やつ》れた様子があの方をも同じように悲しませているらしいことをやっと気づき出した。私は心の圧しつぶされそうなのをやっと耐《こら》えながら、表面だけはいかにももの静かな様子を佯《いつわ》っていた。が、私にはその時それが精一ぱいで、あの方がいらしったらお話をしようと決心していたことなどは、とてもいま切り出すだけの勇気はないように思えた。
やっと菜穂子が女中に
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