っていた。
 向うの雑木林の上方に、いちめんに古綿のような雲が掩《おお》いかぶさっていたが、一瞬間、稲妻がそれをジグザグに引き裂いた。と思うと、そのあたりで凄《すさ》まじい雷鳴がした。それから突然、屋根板に一つかみの小石が絶えず投げつけられるような音がしだした。……私たちはしばらくうつけたように、お互いに顔を見合せていた。それは非常に長い時間に見えた。……それまでちょっとエンジンの音を止めていた自動車が、不意に野獣のようにあばれ出した。木の枝の折れる音が続けさまに私たちの耳にもはいった。
「だいぶ木の枝を折ったようですな……」
「うちのだか何処《どこ》のだか分らないんですから、ようございますわ」
 稲妻がときどき枝を折られたそれらの灌木を照らしていた。
 それからまだしばらく雷鳴がしていたが、やっとのことで向うの雑木林の上方がうっすらと明るくなりだした。私たちは何だかほっとしたような気持がした。そうしてだんだん草の葉が日にひかり出すのをまぶしそうに見ていると、又しても、屋根板にぱらぱらと大きな音がしだした。私たちは思わず顔を見合せた。が、それは楡の木の葉のしずくする音だった……
「雨が
前へ 次へ
全66ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング