、教室から出て行った。お竜ちゃんは他の生徒たちの手前、最後まで私を知らない風に押し通してしまった。そのため、彼女の貸してくれた使い古しの短かい鉛筆は、そのまま私の手に残された。
エピロオグ
私は、自分の最初の幼時を過ごした、一本の無花果《いちじく》の木のあった、昔の家を、洪水のために立退《たちの》いてしまってから、その後、ついぞ一ぺんも行って見たことがなかった。
私は、いま、この幼年時代について思い出すがままに書きちらした帳面を一先《ひとま》ず閉じるために、私がもう十二三になってから、本当に思い設けずに、その昔の小さな家を偶然見ることになった一つの※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]話《そうわ》を此処《ここ》に付け加えておきたい。
その頃私たちの同級生に、緒方《おがた》という、母親のいない少年がいた。級中で一番体が大きかったが、また一番成績の悪い少年だった。学校が終ると、いつも数名連れ立って帰ってくる私達に、ときどきその緒方という少年は何処《どこ》までも一しょにくっついてきて、自分の家へは帰ろうともせずに、夕方遅くまで私達と石
前へ
次へ
全82ページ中75ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング