、んと散歩もするよ」
※[#アステリズム、1−12−94]
私はその森を出た。大きな沢を隔てながら、向うの森を越して、八ヶ岳の山麓《さんろく》一帯が私の目の前に果てしなく展開していたが、そのずっと前方、殆んどその森とすれすれぐらいのところに、一つの狭い村とその傾いた耕作地とが横たわり、そして、その一部にいくつもの赤い屋根を翼《つば》さのように拡げたサナトリウムの建物が、ごく小さな姿になりながらしかし明瞭《めいりょう》に認められた。
私は早朝から、何処をどう歩いて居るのかも知らずに、足の向くまま、自分の考えにすっかり身を任せ切ったようになって、森から森へとさ迷いつづけていたのだったが、いま、そんな風に私の目のあたりに、秋の澄んだ空気が思いがけずに近よせているサナトリウムの小さな姿を、不意に視野に入れた刹那《せつな》、私は急に何か自分に憑《つ》いていたものから醒《さ》めたような気持で、その建物の中で多数の病人達に取り囲まれながら、毎日毎日を何気なさそうに過している私達の生活の異様さを、はじめてそれから引き離して考え出した。そうしてさっきから自分の裡《うち》に湧き立っている制
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