、に身体をねじらせたまま、両手で顔を蔽《おお》いながら、ただ頷《うなず》いて見せた。
 私は看護婦を呼びに行った。そして私に構わず先きに走っていった看護婦のすこし後から病室へはいって行くと、病人はその看護婦に両手で支えられるようにしながら、いくぶん楽そうな姿勢に返っていた。が、彼女はうつけたようにぼんやりと目を見ひらいているきりだった。咳の発作は一時止まったらしかった。
 看護婦は彼女を支えていた手を少しずつ放しながら、
「もう止まったわね。……すこうし、そのままじっとしていらっしゃいね」と言って、乱れた毛布などを直したりしはじめた。「いま注射を頼んで来て上げるわ」
 看護婦は部屋を出て行きながら、何処に居ていいか分らなくなってドアのところに棒立ちに立っていた私に、ちょっと耳打ちした。「すこし血痰を出してよ」
 私はやっと彼女の枕元に近づいて行った。
 彼女はぼんやりと目は見ひらいていたが、なんだか眠っているとしか思えなかった。私はその蒼ざめた額にほつれた小さな渦を巻いている髪を掻き上げてやりながら、その冷たく汗ばんだ額を私の手でそっと撫でた。彼女はやっと私の温かい存在をそれに感じでも
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