黷フ流儀で、夢みていただけなのだ。……それだのに、節子が自分の最後の瞬間のことを夢みているとも知らないで、おれはおれで、勝手におれ達の長生きした時のことなんぞ考えていたなんて……」
いつしかそんな考えをとつおいつし出していた私が、漸《や》っと目を上げるまで、彼女はさっきと同じように私をじっと見つめていた。私はその目を避けるような恰好《かっこう》をしながら、彼女の上に跼《かが》みかけて、その額にそっと接吻した。私は心から羞《はず》かしかった。……
※[#アステリズム、1−12−94]
とうとう真夏になった。それは平地でよりも、もっと猛烈な位であった。裏の雑木林では、何かが燃え出しでもしたかのように、蝉がひねもす啼《な》き止《や》まなかった。樹脂のにおいさえ、開け放した窓から漂って来た。夕方になると、戸外で少しでも楽な呼吸をするために、バルコンまでベッドを引き出させる患者達が多かった。それらの患者達を見て、私達ははじめて、この頃|俄《にわ》かにサナトリウムの患者達の増え出したことを知った。しかし、私達は相かわらず誰にも構わずに二人だけの生活を続けていた。
この頃、節子は暑
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