閧ニ見入っているのが自分であるような自分でないような、変に茫漠《ぼうばく》とした、取りとめのない、そしてそれが何んとなく苦しいような感じさえして来た。そのとき私は自分の背後で深い息のようなものを聞いたような気がした。が、それがまた自分のだったような気もされた。私はそれを確かめでもするように、彼女の方を振り向いた。
「そんなにいまの……」そういう私をじっと見返しながら、彼女はすこし嗄《しゃが》れた声で言いかけた。が、それを言いかけたなり、すこし躊躇《ためら》っていたようだったが、それから急にいままでとは異った打棄《うっちゃ》るような調子で、「そんなにいつまでも生きて居られたらいいわね」と言い足した。
「又、そんなことを!」
私はいかにも焦《じ》れったいように小さく叫んだ。
「御免なさい」彼女はそう短く答えながら私から顔をそむけた。
いましがたまでの何か自分にも訣《わけ》の分らないような気分が私にはだんだん一種の苛《い》ら立《だ》たしさに変り出したように見えた。私はそれからもう一度山の方へ目をやったが、その時は既にもうその風景の上に一瞬間生じていた異様な美しさは消え失せていた。
そ
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