チかりプラットフォームを離れると、私達は窓を締めて、急に淋しくなったような顔つきをして、空いている二等室の一隅に腰を下ろした。そうやってお互の心と心を温め合おうとでもするように、膝と膝とをぴったりとくっつけながら……
風立ちぬ
私達の乗った汽車が、何度となく山を攀《よ》じのぼったり、深い渓谷に沿って走ったり、又それから急に打《う》ち展《ひら》けた葡萄畑《ぶどうばたけ》の多い台地を長いことかかって横切ったりしたのち、漸《や》っと山岳地帯へと果てしのないような、執拗《しつよう》な登攀《とうはん》をつづけ出した頃には、空は一層低くなり、いままではただ一面に鎖《と》ざしているように見えた真っ黒な雲が、いつの間にか離れ離れになって動き出し、それらが私達の目の上にまで圧《お》しかぶさるようであった。空気もなんだか底冷えがしだした。上衣の襟を立てた私は、肩掛にすっかり体を埋めるようにして目をつぶっている節子の、疲れたと云うよりも、すこし興奮しているらしい顔を不安そうに見守っていた。彼女はときどきぼんやりと目をひらいて私の方を見た。はじめのうちは二人はその度毎に目と目で微笑《ほほえ》み
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