はまた何んだか、そんなことを言って彼女が私をからかっているのじゃないかしら、とそんな気もされた。ひょいと彼女の口を衝《つ》いて出たらしいそんな言葉を私はひとりで気にしながら、いつまでもそっぽを向いて皆の降りてくるのを待っていると、突然、そのうちの誰かが足を滑《すべ》らして、「あっ!」と小さく叫《さけ》んで、坂の中途にどさりと倒《たお》れたらしい気配がした。見上げると、その坂の中途にまだ転《ころ》がっているらしいものがまるで花ざかりの灌木《かんぼく》のように見えた。そして他のものがみんな立ち止まって、その一番最後に降りてきた少女の方をふり返っているのを、私はただぽかんとして眺《なが》めながら、その場を一歩も動こうとしないで突っ立っていた。そうして私は毎朝のようにこの坂を昇《のぼ》り降りしているあの跛《ちんば》の花売りのことをひょっくり思い浮べ、あいつはまた何だってこんなあぶなっかしい坂道をわざわざ選んで通るのだろうかしらと、全然いまの場合とは何んの関係もないようなことを考え出していた。……
底本:「風立ちぬ・美しい村」新潮文庫、新潮社
1951(昭和26)年1月25日発行
1987(昭和62)年5月20日89刷改版
1987(昭和62)年9月10日90刷
初出:「美しい村」は「序曲」「美しい村」「夏」「暗い道」の四篇より成る。
序曲:「大阪朝日新聞」(「山からの手紙」の表題で。)
1933(昭和8)年6月25日
美しい村:「改造」
1933(昭和8)年10月号
夏:「文藝春秋」
1933(昭和8)年10月号
暗い道:「週刊朝日」第25巻第13号
1934(昭和9)年3月18日号
初収単行本:「美しい村」野田書房
1934(昭和9)年4月20日
※初出情報は、「堀辰雄全集第1巻」筑摩書房、1977(昭和52)年5月28日、解題による。
※アルファベットは底本では、すべて斜体で組まれています。
入力:kompass
校正:染川隆俊
2004年1月21日作成
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