は突然外人たちのお茶などを飲んでいるヴェランダのすぐ横を通ったりするのだった。そういう私道なのか、抜け道なのか分からないような或る小径に又しても踏《ふ》み込《こ》んでしまった私は、私の背ぐらいある灌木の茂みの間から不意に私の目の前が展《ひら》けて、そこの突きあたりにヴェランダがあり、籐《とう》の寝椅子《ねいす》に一人の淡青色《たんせいしょく》のハアフ・コオトを着て、ふっさりと髪《かみ》を肩《かた》へ垂らした少女が物憂《ものう》げに靠《もた》れかかっているのを認め、のみならず、その少女が私の足音を聞きつけてひょいと私の方を振《ふ》り向いたらしいのを認めるが早いか、私は顔を赤らめながら、その少女をよく見ずに慌《あわ》てて其処《そこ》から引っ返してしまった。――その時|若《も》し私がその少女をもっとよく見たら、それが数日前に私が宿屋の裏の狭い坂道ですれちがった数人の少女たちの中の一人であることに気がついて、私の狼狽はもっと大きかっただろうに。……
 この頃|刈《か》ったばかりらしい青々とした芝生《しばふ》が、その時にはその少女の坐《すわ》っていたヴェランダをこっちからは見えなくさせていた一面の灌木の茂みに代えられて、そうしていま私のぼんやり立っているこの小径《こみち》からその芝生を真白《まっしろ》い柵《さく》が鮮《あざ》やかに区限《くぎ》って。……そのように、すべてが変っていた。いま私にまざまざと蘇って来たところの、そう言うような、最初に私が彼女《かのじょ》に会った当時の彼女のういういしい面影《おもかげ》と、数カ月前、最後に会った時の、そしてその時から今だに私の眼先にちらついてならない彼女の冷やかな面影と、何と異って見えることか! 彼女の容貌《ようぼう》そのものがそんなにも変ったのか、それとも私の中にその幻像《イマアジュ》が変ったのか、私は知らない。しかし何もかも、恐《おそ》らく私自身も変ってしまったのだ。……
 私はそのとき向うの方から何かを重そうに担《にな》いながら私の方に近づいてくる者があるのを認めた。それは羊歯《しだ》を背負っている宿の爺《じい》やであった。私はいつか彼の話していた羊歯のことを思い出した。
 私は爺やの言うがままに、彼についてその庭の中へおずおずと這入《はい》って行った。そうして爺やが庭の一隅にその羊歯を植えつけている間、私は黙ってヴェランダの床板
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