る伎芸天女《ぎげいてんにょ》の像をしみじみと見てきたばかりのところだ。このミュウズの像はなんだか僕たちのもののような気がせられて、わけてもお慕わしい。朱《あか》い髪をし、おおどかな御顔だけすっかり香《こう》にお灼《や》けになって、右手を胸のあたりにもちあげて軽く印を結ばれながら、すこし伏せ目にこちらを見下ろされ、いまにも何かおっしゃられそうな様子をなすってお立ちになっていられた。……
此処はなかなかいい村だ。寺もいい。いかにもそんな村のお寺らしくしているところがいい。そうしてこんな何気ない御堂のなかに、ずっと昔から、こういう匂いの高い天女の像が身をひそませていてくだすったのかとおもうと、本当にありがたい。
[#地から1字上げ]夕方、西の京にて
秋篠の村はずれからは、生駒山《いこまやま》が丁度いい工合に眺められた。
もうすこし昔だと、もっと佗《わ》びしい村だったろう。何か平安朝の小さな物語になら、その背景には打ってつけに見えるが、それだけに、此処もこんどの仕事には使えそうもないとあきらめ、ただ伎芸天女と共にした幸福なひとときをきょうの収穫にして。僕はもう何をしようというあてもなく、秋篠川に添うて歩きながら、これを往けるところまで往って見ようかと思ったりした。
が、道がいつか川と分かれて、ひとりでに西大寺《さいだいじ》駅に出たので、もうこれまでと思い切って、奈良行の切符を買ったが、ふいと気がかわって郡山行の電車に乗り、西の京で下りた。
西の京の駅を出て、薬師寺の方へ折れようとするとっつきに、小さな切符売場を兼ねて、古瓦《ふるがわら》のかけらなどを店さきに並べた、侘びしい骨董店《こっとうてん》がある。いつも通りすがりに、ちょっと気になって、その中をのぞいて見るのだが、まだ一ぺんもはいって見たことがなかった。が、きょうその店の中に日があかるくさしこんでいるのを見ると、ふいとその中にはいってみる気になった。何か埴輪の土偶《でく》のようなものでもあったら欲しいと思ったのだが、そんなものでなくとも、なんでもよかった。ただふいと何か仕事の手がかりになりそうなものがそんな店のがらくたの中にころがっていはすまいかという空頼みもあったのだ。だが、そこで二十分ばかりねばってみていたが、唐草文様《からくさもよう》などの工合のいい古瓦のかけらの他にはこれといって目ぼしいものも見あた
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