……
その赫《かがや》かしい少年の日々は、七つのとき両親を失くした明を引きとって育てて呉れた独身者の叔母の小さな別荘のあった信州のO村と、其処で過した数回の夏休みと、その村の隣人であった三村家の人々、――殊に彼と同じ年の菜穂子とがその中心になっていた。明と菜穂子とはよくテニスをしに行ったり、自転車に乗って遠乗りをして来たりした。が、その頃から既に、本能的に夢を見ようとする少年と、反対にそれから目醒《めざ》めようとする少女とが、その村を舞台にして、互に見えつ隠れつしながら真剣に鬼ごっこをしていたのだった。そしていつもその鬼ごっこから置きざりにされるのは少年の方であった。……
或夏の日の事、有名な作家の森於菟彦が突然彼等の前に姿を現わした。高原の避暑地として知られた隣村のMホテルに暫く保養に来ていたのだった。三村夫人は偶然そのホテルで、旧知の彼に出会って、つい長い間よもやまの話をし合った。それから二三日してから、O村へのおりからの夕立を冒しての彼の訪れ、養蚕をしている村への菜穂子や明を交《ま》じえての雨後の散歩、村はずれでの愉《た》しいほど期待に充ちた分かれ――、それだけの出会が、既
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