いが、私は急に何者かが自分の傍らに立ちはだかっているような気がして、おもわず目を覚ました。そこに髪をふりみだしながら立っている真白な姿が、だんだん寝巻のままのお前に見え出した。お前は私がやっとお前を認めたことに気がつくと、急におこったような切口上で云い出した。
「……私にはお母様のことはよく分かっているのよ。でも、お母様には、私のことがちっとも分からないの。何ひとつだって分かって下さらないのね。……けれども、これだけは事実としてお分かりになっておいて頂戴。私、こちらへ来る前に実はおば様にさっきのお話の承諾をして来ました。……」
夢とも現《うつつ》ともつかないような空《うつ》ろな目ざしでお前をじっと見つめている私の目を、お前は何か切なげな目つきで受けとめていた。私はお前の云っている事がよく分からないように、そしてそれを一層よく聞こうとするかのように、殆ど無意識に寝台の上に半ば身を起そうとした。
しかし、そのときはお前はもう私の方をふりむきもしないで、素早く扉のうしろに姿を消していた。
下の台所ではさっきからもう爺やたちが起きてごそごそと何やら物音を立て出していた。それが私にその儘《
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