って暖炉の火に向った儘《まま》、その顔に火かげのゆらめきとも、又一種の表情とも分かちがたいものを浮べながら、相変らず自分の前を見据えているきりだった。
 その沈黙のうちに、いま私が少し許《ばか》り上ずったような声で云った言葉がいつまでも空虚に響いているような気がして、急に胸がしめつけられるようになった。私はお前のいま考えていることを何んとでもして知りたくなって、そんな事を訊《き》くつもりもなしに訊いた。
「お前は森さんのことをどうお考えなの?」
「私? ……」お前は脣《くちびる》を噛んだまま、しばらくは何んとも云い出さなかった。
「……そうね、お母様の前ですけれど、私はああいう御方は敬遠して置きたいわ。それはお書きになるものは面白いと思って読むけれども、あの御方とお附き合いしたいとは思いませんでしたわ。なんでも御自分のなさりたいと思うことをしていいと思っているような天才なんていうものは、私は少しも自分の側《そば》にもちたいとは思っていませんわ。……」
 お前のそういう一語一語が私の胸を異様に打った。私はもう為様《しよう》がないといった風に再び目を閉じたまま、いまこそ私との不和がお前から
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