人で出て来たついでに、あんまり気持が佳《よ》いのでつい何時までも家に帰らずにふらふらしていました。」おようさんは顔を薄赤くしながらそう云って何気なさそうな笑い方をした。「こんなにのんびりとした気持になれたことはこの頃滅多にないことです。……」
おようさんは長年病身の一人娘をかかえて、私同様、殆ど外出することもないらしいので、ここ四五年と云うものは私達はときおりお互の噂を聞き合う位で、こうして顔を合わせたことはついぞなかったのだ。私達はそれだものだから、なつかしそうについ長い立ち話をして、それから漸《ようや》くの事で分かれた。
私は一人で家路に著《つ》きながら、途々《みちみち》、いま分かれてきたばかりのおようさんが、数年前に逢ったときから見ると顔など幾分|老《ふ》けたようだが、私とは只の五つ違いとはどうしても思われぬ位、素振りなどがいかにも娘々しているのを心に蘇《よみがえ》らせているうちに、自分などの知っているかぎりだけでも随分|不為合《ふしあわ》せな目にばかり逢って来たらしいのに、いくら勝気だとはいえ、どうしてああ単純な何気ない様子をしていられるのだろうと不思議に思われてならなかっ
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