……
私は一昨々年の夏、O村で森さんにお会いしたきりで、その後はときおり何か人生に疲れ切ったような、同時にそういう御自分を自嘲せられるような、いかにも痛々しい感じのするお便りばかりをいただいていた。それに対して私などにあの方をお慰めできるような返事などがどうして書けたろう? 殊に支那へ突然出立される前に、何か非常に私にもお逢いになりたがっていられたようだったが(どうしてそんな心の余裕がおありになったのかしら?)、私はまだ先の事があってからあの方にさっぱりとした気持でお逢い出来ないような気がして、それは婉曲《えんきょく》におことわりした。そんな機会にでももう一度お逢いしていたら、と今になって見れば幾分悔やまれる。が、直接お逢いしてみたところで、手紙以上のことがどうしてあの方に向って私に云えただろう? ……
森さんの孤独な死について、私がともかくもそんな事を半ば後悔めいた気持でいろいろ考え得られるようになったのは、その朝の新聞を見るなり、急に胸を圧《お》しつけられるようになって、気味悪いほど冷汗を掻いたまま、しばらく長椅子の上に倒れていた、そんな突然私を怯《おび》やかした胸の発作がどう
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