も分からないように二人でこっそり暮らそう。……」そんな事を云い出しそうな気がしたからであった。
 が、夫は何か或考えを払いのけでもするように頭を振りながら、何も云わずに、それまで手にしていた時計を徐《しず》かに衣嚢《かくし》にしまっただけだった。もう自分は帰らなければならないと云う事をそれで知らせるように。……

 菜穂子は、圭介が雪を掻き分けながら帰えるのをうす暗い玄関に見送った後、その儘|硝子戸《ガラスど》に顔を押しあてるようにして、何か化け物じみて見える数本の真白な棕梠《しゅろ》ごしに、ぼんやりと暮方の雪景色を眺めていた。雪はまだなかなか止みそうもなかった。彼女は暫くの間、今の自分の心の内と関係があるのだかないのだかも分からないような事をそれからそれへと思い出しては、又、それを傍からすぐ忘れてしまっているような、空虚な心もちを守っていた。それは何もかもが片側だけに雪を吹きつけられている山の駅の光景だったり、今しがたまで見ていたのにもうどうしてもそれを何時見たのだか思い出せない何処かの教会の尖塔《せんとう》だったり、明の何かをじっと堪えているような様子だったり、喚きながら雪投げをし
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