せている店の中をもう一度名残惜しそうに見廻して、それから夫に附いて店を出た。

 雪は相変らず小止《おや》みなく降っていた。
 人々は皆思い思いの雪支度をして、雪を浴びながら忙しそうに往来していた。山でしたように、襟巻ですっかり顔を包んだ菜穂子は、蝙蝠傘《こうもりがさ》をさしかけて呉れる圭介には構わずに、ずんずん先に立って人込みの中へ紛《まぎ》れ込んで行った。
 彼等は数寄屋橋の上でその人込みから抜けると、漸《や》っとタクシイを見付け、麻布の奥にあるそのホテルへ向った。
 虎の門からぐいと折れて、或急な坂をのぼり出すと、その中腹に一台の自動車が道端の溝へはまり込んで、雪をかぶった儘《まま》、立往生していた。菜穂子は曇った硝子《ガラス》の向うにそれを認めると、山の停車場のそとで片側だけにはげしく雪を吹きつけられていた古自動車を思い出した。それから急に、自分がその停車場で突然上京の決意をするまでの心の状態を今までよりかずっと鮮明によみ返らせた。彼女はあのとき心の底では、思い切って自分自身を何物かにすっかり投げ出す決心をしたのだ。それが何物であるかは一切分からなかったけれど、そうやってそれに
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