枝に寂しいほほ笑みを浮べて見せながら、そんな事を約束した。「では御機嫌よう」
 汽車はみるみる出て行った。汽車の去った跡、プラットフォームには急に冬らしくなった日差しがたよりなげに漂った。其処にぽつねんと一人残された明には、何か爽《さわ》やかな気分になり切れないものがあった。さて、これからどうしようかと云ったように、彼は何をするのも気だるそうに歩きだした。そして心の中でこんな事を考えていた。――結局は医者に見放されて郷里へ帰って行ったおようにも病人の初枝にも、さすがに何か淋しそうなところはあったけれども、それにしても世の中に絶望したような素振りは何処にも見られなかったではないか。寧《むし》ろ、二人ともO村へ早く帰れるようになったので、何かほっとして、いそいそとしているような安心な様子さえしていたではないか。此の人達には、それほど自分の村だとか家だとかが好いのだろうか?
「だが、そんなものの何んにもない此のおれは一体どうすれば好いのか? 此の頃のおれの心の空しさは何処から来ているのだ? ……」そう云う彼の心の空しさなど何事も知らないでいるようなおよう達に逢っていると、自分だけが誰にも附い
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