に自分の顔を押しつけるようにしているのが、彼女にはだんだん気持ちよく感ぜられて来ていた。広間のなかは彼女の顔がほてり出す程、暖かだったのだ。彼女はこう云う気持ちよさにも、自分が明日帰って行かなければならない山の療養所の吸いつくような寒さを思わずにはいられなかった。……
 給仕が食事の用意の出来たことを知らせに来た。彼女は黙って頷《うなず》き、急に空腹を感じ出しながら、その儘自分の部屋へは帰らずに、さっきから静かに皿の音のし出している奥の食堂の方へ向って歩き出した。



底本:「昭和文学全集 第6巻」小学館
   1988(昭和63)年6月1日初版第1刷
底本の親本:「堀辰雄全集 第2巻」筑摩書房
   1977(昭和52)年8月30日初版第1刷発行
初出:「菜穂子」は「楡の家」(第1部・第2部)と「菜穂子」の2篇から成る。
   「楡の家」第1部:「物語の女」山本書店(「物語の女」の表題で。)
   1934(昭和9)年11月
   「楡の家」第2部:「文学界」(「目覚め」の表題で。)
   1941(昭和16)年9月号
   「菜穂子」:「中央公論」
   1941(昭和16)年3月号
初収単行本:「菜穂子」創元社
   1941(昭和16)年11月18日
※創元社版の「菜穂子」には、山本書店版「物語の女」が「楡の家」第1部として、「文学界」掲載の「目覚め」が「楡の家」第2部として、「中央公論」掲載の「菜穂子」がそのままの表題で収録された。
※底本の親本の筑摩全集版は創元社版を底本とする。
※初出情報は、「堀辰雄全集 第2巻」(1977(昭和52)年8月30日、筑摩書房)解題による。
入力:kompass
校正:浅原庸子
2004年1月21日作成
2005年10月22日修正
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