て何か書いてくれと乞《こ》われるままに、ふとその古い写真のことを思いついて、小さな随筆を一つ書いたことがある。ほんの素描のようなものに過ぎないが、ひと頃の私の母に対する心もちがよく出ていると思うので、此処《ここ》にそれを※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28] 《はさ》んでおきたいと思う。
※[#アステリズム、1−12−94]
花を持てる女
私がまだ子供の時である。
私はよく手文庫の中から私の家族の写真を取り出しては、これはお父さんの、これはお母さんの、これは押上《おしあげ》の伯父さんのなどと、皆の前で一つずつ得意そうに説明をする。そのうち私はいつも一人の見知らぬ若い女の人の写真を手にしてすっかり当惑してしまう。
いくらそれはお前のお母さんの若い時分の写真だよと云われても、私にはどうしてもそれが信じられない。だって私のお母さんはあんなによく肥えているのに、この写真の人はこんなに痩《や》せていて、それにこの人の方が私のお母さんよりずっと綺麗《きれい》だもの……と、私は不審そうにその写真と私の母とを見くらべる。
其処《
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