tによつて、それはもはや演者の内部にある感情ではなくして、演者が感情の内部に入つてしまつてゐるのである。……

 かくのごとく能の構成を説明してきたクロオデルは、今度は、その全體としての印象を與へようとする。それが夢に似てゐること、演者が一種の催眠術的状態の裡に動いてゐること、そして泣いたり殺したりするのには、唯、眠りに重たくなつた腕をもち上げさへすれはよいことなど。そして光つてゐる面の上を滑りながら足の指を上げたり下げたりなどしてゐる演者については、「その各※[#二の字点、1−2−22]の動作は、大きな衣裳の重みと襞と共に、死に、打ち克たんがためのものであり、又その動作の一々は、失へる熱情の、永遠の中における緩やかなる模寫であると言へよう。」――「影の國から連れ出されて、それが我々の冥想的な眼差しの裡に、自ら描くところの生なのである。」――「我々は我々のいかなる行爲をも、不動の状態において見るのである。動きにはもはや意味しか殘つてゐないのである。」――「我々の目の前に一瞬間形づくられる彫像のごとくに、夫が、その妻を見つめようともしないでその前を通り過ぎようとする刹那、その愛する者の肩
前へ 次へ
全7ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
堀 辰雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング