黙ったままその空家のまわりを一巡して見た。窓硝子《まどガラス》がところどころ破れている。が、その破れ目から二人がいくら脊伸びをして覗《のぞ》いて見ても、ひっそりと垂れている埃《ほこり》まみれのカアテンにさえぎられて、その中の様子はよく見えなかった。それでも台所のところなどは内部がちらりと見えた。そこなどはいろんな台所道具が雑然と散らかっていて、中には倒れたまんまのもあり、そしてそれらのものは一面にこぼれた壁土のようなもので埋もれていた。どうやら震災の時からそっくりそのままにされているらしい。この家の持主である外国人は震災の時死んでしまったかも知れない。――二人はその空家を垣の中途から最初見たときふと彼等の心に浮んだ或る考えをいつか忘れてしまったかのように、そんなことばかりしゃべり合っている。
 が、その家の裏手に、そこの庭園から丁度露台へ上るような工合にして直接にその家の二階へ通じているらしい、木蔦《きづた》のからんだ洋風の階段を見出した時に、少年よりいくぶん早熟《ませ》ているらしい少女は思い切ったように言った。
「ちょっとあれへ上って見ないこと?」
「うん……」少年は生返事をしている
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