せられると思われているもの、すなわち、言うまでもなく、我々が触れ、我々が見る物体を考察しよう。しかし物体一般ではない。というのは、この一般的な知覚はむしろいっそう不分明であるのがつねであるから。かえって我々は特殊的な一つのものを考察する。我々は、例えば、この蜜蝋をとろう。それは今しがた蜜蜂の巣から取り出されたばかりで、未だ自己の有する蜜のあらゆる味を失わず、それが集められた花の香りのいくらかを保っている。その色、形体、大きさは明白である。すなわち、それは堅くて冷たく、容易に掴まれ、そして指で打てば音を発する。要するに或る物体をできるだけ判明に認識し得るために要求せられ得ると思われる一切が、この蜜蝋に具わっている。しかしながら、見よ、私がこう言っている間に、それを火に近づけると、残っていた味は除き去られ、香は散り失せ、色は移り変わり、形体は毀され、大きさは増し、流動的となり、熱くなり、ほとんど掴まれることができず、またいまは、打っても音を発しない。それでもなお同じ蜜蝋は存続しているのか。存続していると告白しなければならぬ。誰もこれを否定しない。誰もこれと違って考えない。しからばこの蜜蝋に
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