ン その頃はまだ私の母が生きてまして、床へ就いたきり動けなかつたのですよ。で、一方には二人の弟の世話もしなくちやならないし、いつそのこと、あの人から申込んで來たのを幸ひ、身を固めるのが私の義務かと思つたのです。
ノラ それはねえ。で、その方は金持だつたんでせう?
リンデン 工面がよかつたやうですよ。けれども、やつてる事業が手固く行かなかつたもんですから、あの人が亡くなると一緒に目茶々々に壞れてしまひましてね、塵一つ殘らない目に逢ひました。
ノラ それから?
リンデン それから色々工夫しまして店を開いてみたり小さな學校もやつてみたり、できるだけのことはしてみました。この三年間は私に取つちや、長い絶間のない戰爭でしたよ。けれども、もうそれも終へました。心配してゐた母は、もう私に用のない身になつて墓場へ行くし、弟達は仕事の口があつて獨立してやつてゐます。
ノラ さぞ、自由な身になつたとお思ひでせうね。
リンデン いゝえ、ノラさん、何ともいへない淋しいものですよ。誰を當に生きてるといふぢやなし(いらいらした樣子で立ち上り)私があんな邊鄙な處に居たゝまらなくなつたのもそのためです。こちらへ來たら
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