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(エレンが廊下から入つて來る)
[#ここで字下げ終わり]
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エレン 奧さま――(ノラへ囁く、そして一枚の名刺を渡す)
ノラ (名刺を一瞥しながら)あつ! (名刺を隱袋に入れる)
ランク 何か變つたことですか?
ノラ いゝえ、何でもないの、たゞ――私の注文して置いた衣裳が來たのですよ――
ランク だつて衣裳はそこにあるぢやありませんか。
ノラ あ、そのはうはさうですよ。けれど、これはまた別なのです――注文して置いたのです――家に内緒なのですよ――
ランク あはあ、ぢや、大祕密なんですね。
ノラ えゝ、さうですとも。あなたちよつとトル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ルトの方へ行つてらつしやいよ、奧の部屋にゐますから。そして出來るだけ長く出て來ないやうに引き止めてゐて下さいな。
ランク 安心してらつしやい。ヘルマー君をしつかり掴まへときますから(ヘルマーの室へ行く)
ノラ (エレンの方へ)あいつは臺所で待つてるのかえ?
エレン はい、裏の階段から上つて參りまして――
ノラ 私、今、手が塞がつてるといへばよかつたのに。
エレン さう申しましたけれど、利目がございませんでした。
ノラ あいつ、歸らないつていふのかい?
エレン はい、あなたにお話のすむまでは歸らないと申してをります。
ノラ ぢやお通し! 靜かにね! それからあいつの來たことをいつちやいけないよ。旦那樣に聞えるとびつくりするからね。
エレン はい承知いたしました。(出て行く)
ノラ 來た來た、たうとう近よつてきた。いや、いや、そんなことがあるものか、そんなことをさせやしない!
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(ノラは、ヘルマーの室の處に行き、指錠をおろす。エレンは廊下への扉を開きクログスタットを通す。そして後を閉め切る。クログスタットは旅行上衣を着、長靴をはき、毛皮の鳥打帽子を冠つてゐる)
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[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
ノラ 靜かにお話下さい、主人が家にをりますから。
クログスタット 承知しました。そんなことはどうでもかまひません。
ノラ どんな御用ですか?
クログスタット 少しお知らせ申すことがありましてね。
ノラ ぢや早くして下さい、何ですか?
クログスタット ご承知かも知れませんが、私は免職になりました。
ノラ それはね、私止めることが出來なかつたのですよ、クログスタットさん。ぎりぎりまで爭つてはみたけれど、役に立ちませんでした。
クログスタット そんなにご主人は貴女のことを何とも思つてお出でにならないのですか。私が貴女をどんな目に合はせるかも知れないといふことはご承知でせうが、それでもやつぱり――
ノラ 貴方はすつかり主人に私がいつたと思つていらつしやるの?
クログスタット いや、實は貴女が、それを話しておいでなさらないといふ事はよく承知してゐました。私の知つてるトル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ルト・ヘルマー君なら、それを聞いてゐては、あれ程の勇氣は出ませんからな――
ノラ クログスタットさん、どうか主人についてあまり失敬なことはいはないやうにして下さい。
クログスタット 勿論ですとも、充分相當の敬意は拂つてをります。が、とにかく貴女がさう心配して事件を祕密にしようとなさるところを見ると、昨日よりは、大分あなたにことの性質がわかつて來たと見えますな。
ノラ 貴方に伺つた以上に、ずつとよくわかつてゐますよ。
クログスタット 左樣、私のやうな碌でもない法律家にお聞きなさるよりはね――
ノラ 貴方のご用といふのは?
クログスタット たゞ、貴女がどうしていらつしやるかと思ひましてね、奧さん、私は一日貴女のことを考へてをりました。ほんの金貸の、新聞ごろつき――まあいつてみれば、私のやうな奴でも――世間でいふ人情といふ奴を少しは持つてをりますからね。
ノラ ぢやそれを見せて下さい。子供達のことを考へて下さい。
クログスタット それで、あなた方は、私の子供のことを考へて下さいましたか? しかしもうそのことは宜しうございます。私はたゞ、この事件をあまり重大にお考へなさるなと申し上げたばかりです。私は今のところぢや、裁判沙汰にしようなどとは思つてをりませんからな。
ノラ さうでせう、そんなことをなさるはずはないと思つてました。
クログスタット 元來全部ごく穩かに落着かせられる事件です。誰にも知らす必要はありません。私ども三人の間で纏められる問題です。
ノラ ですけど、主人にだけはどうあつても知らせられません。
クログスタット どうしてさういふ事が出來ますか。貴女、ご自分で、すつかりお拂ひになりますか。
ノラ それは、直ぐといふ譯には參りませんが。
クログスタット それともこの兩三日
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