目に考へて御覽、私の主義はお前も知つてるぢやないか。一切負債をしない、借りないといふのが私の主義なんだ。借りや負債で家庭が出來上るが最後、自由な美しい生活といふものは亡びてしまふ、私達はかうして今まで踏ん張つてきたんだから今少しのがまんだ。
ノラ (ストーヴの方へ行きながら、ちよつとスカートを擴げておじぎする)畏まりました――あなたのお氣に召すやうに。
ヘルマー (跡につきながら)おい/\、家の小雲雀はそんなに羽を落して悄《しよ》げちやあいけない。おや! 栗鼠さん、拗ねてるのかい? (金入を取出し)ノラこれは何?
ノラ (急に振り向いて)お金!
ヘルマー そうら! (紙幣を幾枚か與へて)無論クリスマスには色んな物の入ることはわかつてるよ。
ノラ (勘定しながら)五、十、十五、二十クローネ、まあ! 有難う、有難うね。これだけあれば當分大丈夫ですわ(隱しにしまふ)
ヘルマー どうかさうして貰ひたいね。
ノラ 實際ですよ、當分大丈夫。まあこゝへいらつしやいな、買つてきた物を見せますから。非常に安いんですよ。そら、この新しい服と小さい劍《サーベル》とがイ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ールので、こちらの馬と喇叭がボブの。それからエンミーには人形と搖籠、これはあまり平凡でしたけれども直ぐ毀しちまふんですからねえ。それから女中達のは布地と襟飾りにしました。もつとも婆やにはも少し良いものが遣りたかつたんだけれど。
ヘルマー そのこつちの包みは?
ノラ いけませんよ。それは晩まで見せないで置くの。
ヘルマー あゝ、はあ、それでお前は何を買つたんだい、いたづら屋さん。
ノラ 私? えゝ、私は何もいらないの。
ヘルマー 馬鹿をいふなよ。氣の利いたもので何か欲しいものがあるなら、いつて御覽。
ノラ いゝえ、本當にいらないの――さうね、あのね。
ヘルマー ふむ?
ノラ (男の上着のボタンをいぢくりながら顏を見ないで)あなた本當に何か買つて下さるつもりなら、あのね、ほら、あのね――
ヘルマー ふむ、ふむ、いつて御覽。
ノラ (早口に)お金を下さる方がいゝわ、いくらでもいゝから。さうすると私、自分であとから何か買ひますわ。
ヘルマー だけれど、お前――
ノラ あら、さうして下さいよ、ね、どうか。さうすればそのお金を綺麗な金紙に包んでクリスマス・ツリーに吊り下げますわ。いゝ思ひつきでせう。
ヘルマー えゝと、いつも金を撒き散らしてる者を何とかいつたつけな。
ノラ 知つてますよ、無駄使家といふんでせう。けれどもね、あなた。どうかさうして下さいよ。さうすると何が一番先に買ひたいか、私ゆつくりと考へますわ、その方が利口でせう?
ヘルマー (微笑しながら)全くさうだ。たゞお前が自分の物を買ふ時までその金を持つていられゝばいゝがさ。みんな家の用だの下らない買物だのに無くしてしまつて、そして私がせびられるんだからな。
ノラ まあ、あなた。
ヘルマー 嘘だといふのかい? (女を片手に抱いて)こんな可愛らしい雲雀が隨分と物凄く金を使ふものだ。お前ほどの小鳥を一羽飼ふためにどれ位金がかゝるか人にいつたつて本當にはしないからねえ。
ノラ およしなさいよ、そんなこと。私、殘せるだけは殘しますわ。
ヘルマー (笑ひながら)よかつたね――殘せるだけ殘しますは――所が一向殘せません。
ノラ (得意さうな體で鼻唄、にこ/\しながら)ふむ、私のやうな雲雀や栗鼠がどの位お金を使ふか、今にわかるでせうよ。
ヘルマー お前は不思議な人間だ。丁度お前のお父つあんのやうだ。いつも金ばかり欲しがつてゐて、それで金が手に入ると、もう指の間からでもこぼすやうに無くしてしまふ。何に使ふんだかわかりやしない。が、まあいゝさ、ま、お前はいつまでも、お前でゐて貰ひたいな、かうやつて可愛らしい小鳥のやうに囀つてね。おや何だかお前は變に怪しいぜ、今日は。
ノラ 私?
ヘルマー あゝ、さうだ。こつちを向いて御覽。
ノラ (夫の方を見ながら)はい。
ヘルマー (指でつゝく眞似をしながら)此奴、今日はいけないといふ物を食べたな。
ノラ 嘘ですよ、ひどい人。
ヘルマー 菓子屋をちよつぴり覗きやしなかつたか?
ノラ 嘘ですよ、あなた、本當に。
ヘルマー ゼリーを一なめやりはしなかつたか?
ノラ 嘘、誰がそんなことをするものですか。
ヘルマー パン菓子を一つ二つ摘みやあしなかつたか。
ノラ 嘘ですつてばねえ。
ヘルマー よし/\、冗談だよ。
ノラ (右の上手のテーブルの方へ行き品を包む)あなたがいけないといふことを何で私がするものですか。
ヘルマー さうだらう/\。お前は誓つたんだものな(女の方へ行きながら)ぢやあ、まあお前が企んでることはクリスマスの祕密として取つとくさ。今にクリスマス・ツリーにあかりをつければみんなわ
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