《けんぴょう》を砕き、或は雪を踏んで一日《いちじつ》二回は習慣たる冷水灌漑を実行し止まざるはうれし。又一は入営兵の留主中《るすちゅう》たるも、先ず牧塲の無事に維持あるを謝すると、尚本年は無事に経過あらん事を祈ると共に、最も衣喰を初め仮令《たとい》僅少にても節約を守り、物品金員を貯えて牧塲費に当てて、又一が無事に帰るの後には、更に幾分かの助けたらん事を日夜怠らざるなり。
寛は昨秋《さくあき》より不消化の為めに悩む事あり。其後は喰慾は復するも、然れども大に喰量を※[#「冫+咸」、220−5]ずるのみならず、昨年迄は硬き喰料黍飯等を食するに好んで用いたりしに、其後は少《すこし》く硬きもの黍飯等を用うる時は、必ず胃痛下痢等を発する事となりたり。然るに一月三ヶ日間は、祝として黍餅を雑煮として喰したりしに、三日の夜大に胃痛にて苦《くるし》めり。依て四日間は粥汁《おもゆ》のみを喰して復常するを得たり。然れども昨年よりは、一身は大に平均を失うて起居動作には頗る困難を覚ゆるのみならず、記憶力及び考慮の上に於ても、大に※[#「冫+咸」、220−11]乏を覚うるの外に、消化器の機能も衰えて、少く硬き品を喰する時は、忽ち胃痛を発し嘔吐下痢する事ありて、総体に於ける衰弱するを覚えたり。乍去《さりながら》強《しい》て注意して運動を怠らず、更に喰料にも成丈|軟《やわらか》きものを選み、且つ量に於ても三分一を※[#「冫+咸」、221−2]ずるとして、夕飯は必ず後四時として粥を用い、菜は淡泊なるものを用うるとせり。此れにて次第に平均を得るも、尚注意して漸次に復常を得たり。然るに他処に出《いず》る時は、余儀無く喰するの時を過《あやま》り、或は硬き飯及び不消化物を食する時は、胃痛下痢を発するには殆んど困却せり。依て一日《いちじつ》の旅行には弁当を携え、一泊する時は前以て粥と時間を早くするとを頼むとして、注意を怠らざるのみ。依て次第に心身共に復常するを得たり。アア老境は実にアワレなり。依て世上の壮年者に忠告す。人たる者は必ずや盛衰の範囲を脱する事能わず。夫れ発育期を経て成熟期に至れば、続いて老衰期の来《きた》るを能く銘記せよ。老人たるや肉喰と絹服《けんふく》とにあらずんば養うに足らずとは、古きより訓《おしえ》たり。実に然り。喰物は歯にて噛む事能わず。着類も重きに耐えざるなり。故に壮年者は老人に対するの責任
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