ふことではない。愛は本質上永遠的なるものとして飽くまでも超越性を保ち、從つて時間的現實に對しては當爲の源となり又批判の規範を提供する。
 人格の神聖性と聯關して主體の態度に更に一大變革が行はれる。純粹のエロースは價値ある對象へと向ふ。自己實現を目的とするものとしてそれはこれを促進する制約として他者を求める。それが他者を悦ぶのは結局他者において自己を悦ばんがためである。之に反してアガペーは他者本位であり他者を基準とする。それはいつも對手において神聖なる實在者、神の惠みによつて創造されたる人格を見る。信仰によつてのみ把握される他者のこの眞の姿は、この世の性格によつていかに歪められ醜くされようと、愛は飽くまでそれ本來の態度を固守する。この態度の顯著なる現はれは例へば敵に對する愛において見られるであらう。永遠の世においては敵は無い。他者は神聖者の象徴となつて自ら愛の主體であるであらう。しかるにこの世の性格は、第一に愛を一方的ならしめ、第二にあらゆる價値的自己實現的考慮を無視して自己に反對するものにさへ向はしめるのである。次に、永遠の世においては實在者は純粹の共同完全なる和合において滅びぬ完成さ
前へ 次へ
全280ページ中226ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
波多野 精一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング