いては兩者は全く一致する。しかしてその一致點は文化主義そのものの必然的發露に外ならぬ。現在に耽溺して足元の地盤が絶えず動搖し絶えず非存在へと消え行くに氣附かぬ文化人は、死の實相を正面より見詰めるを怠つて乃至嫌つて、死を生の一形態と見る幻覺に知的乃至情的滿足を貪る。あらゆる時代あらゆる民族あらゆる社會層あらゆる文化類型を通じて、この思想が多種多樣の形態において――例へば、或は靈魂の不死性乃至は輪※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]の思想として、或は賞罰の觀念と結び附きつつ、或は解脱救濟の一契機をなしつつ、或は單純素朴なる信念として、或は巧緻深遠なる思辨として――實に汎人類的にあまねく弘まり行渡つてゐる事實は、それが人間性の本質にいかに深く根ざしてゐるかを語るであらう。惜しいかな、かかる思想は、支へる胴體も養ふ臟腑もなしにただ頭惱だけとして生存しようとする人間にも比ぶべき、甚しき誤謬であり、場合によつては、自己欺瞞でさへあるのである。
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(一) Ethica, IV, 67.
(二) 次の諸書參看。〔Ankermann: Die Religion der Natur−vo:lker (Bertholet−Lehmann: Lehrbuch der Religionsgeschichte. Bd. I) ――Preuss: Tod und Unsterblichkeit im Glauben der Naturvo:lker (1930) . ――〕 Walter Otto: Die Manen (1923) . この最後の書は歴史前時代のギリシア人の死者の觀念に關して Rohde の解釋に修正を加へた功績を有する。なほ 〔Le'vy−Bruhl: Les fonctions mentals dans les socie'te's infe'xieurs. P. 416 (Engl. Tr. P. 353)〕 參看。
(三) Erwin Rohde: Psyche.
(四) W. Otto: Die Manen. 參看。
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        二〇

 要するに、死に對する關心もそれの理解も否それの觀念そのものさへも、文化の段階に昇ることによつてはじめて可能にされる事柄ではあるが、しかもそこに留まつただけでは死の實相は到底捉へ難い。嚴密にいへば、文化の世界には生のみあつて死は無いのである。かくて吾々は事柄の更に深き根源に考察を向け、文化的生の基體である自然的生へ時間性の根源的體驗へと遡るべく促される。死は直接的體驗の事柄ではないが、それにも拘らず、時間性の直接的體驗にまで自己省察を向けることによつて、はじめて自らの意味をもつ特異の獨立の事柄として成立ち又理解されるのである。
 死は自然的時間性、時の不可逆性、の徹底化である。主體のその都度の現在だけではなく、全き現在の即ち生の全體の壞滅、無への沒入が死である。統一的全體的主體にとつて存在の維持者である實在的他者との交渉が斷たれ、從つて根源的意義における將來が無くなることが死である。對手を失つた主體、將來の無き生、これが死である。吾々はすでに、根源的時間性において現在が過去へと存在を失ひつつ、しかも將來より補給されるを見た。絶えず非存在へと過ぎ去りつつしかもなほ現在が成立つのは、將來があり他者との交渉があるからである。存在の補給路が全く斷たれたる現在、全く孤獨に陷つた主體、去るあるのみ待つもの來るものの全く無くなつた生は滅びる外はない。主體のかくの如き全面的徹底的壞滅こそ死である。
 かくの如き本質を有する死は、すでに述べた如く、もとより直接的體驗の事柄ではない。それは全體としての自己を理解しようとする主體が、自己の存在の本質的性格として感得する事柄である。吾々が生きる限り死には出會はぬゆゑ、死はいつも可能性としてのみ存在する。しかもそれが主體の自己實現の一契機として主體の自由に基づく可能性ではなく、實在的他者との關係交渉に根源を有する可能性である點に、それの本質的特徴は存する。時間性はすでに主體自らの好むと好まぬとに關はりなくそれの存在を支配する必然的運命的現象であつた。時間性の徹底化である死においては、この必然的運命性も亦徹底的となる。それは主體の最深最奧の本質に喰込み、それの全き存在と自己とを徹底的に破壞するいかにするも遁がれ難き運命の意義を擔ひつつ、主體の本質的性格を形作る可能性として傾向として與へられるが故に、理解する外なき事柄覺悟する外なき運命である。又かくの如きものであるが故に、或は理論的に又は實踐的に、或は解釋により又は行爲により、囘避し得る事柄であるかの如き態度を取る餘地は殘されてゐる。死は時間性の徹底化として根源的體驗に
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