ヒしつつ自己を貫徹しようとする形を棄て、他者において隱れたる自己を顯はになしつつ自己を實現する働きとなる。自己實現こそ文化的生の基本的動作である。ここより觀れば、主體に對してそれの顯はなる自己即ち現實的自己となることによつて客體の任務は果されるのである。すなはちそれの他者性は可能的自己性に存する。さて主體の自己實現は隱れたるものを顯はになし、實在的中心より觀念的存在の明るき周邊へ表へと自己を表はし出す動作である。これは「表現」と名づくべきであらう。文化的主體性が自己表現に存するといふことは吾々がライプニッツの天才的洞察に負ふ眞理である(一)。尤も彼はこれをあらゆる實在者、換言すれば中心を有し中心より動作する――しかして傳統に從つて彼が實體と名づけた――一切の存在者に推し廣めたが、このことも、後の論述で明かにされるであらう如く、客觀的實在世界の認識が現に實行しつつある所を形而上學的原理の地位に高めたに過ぎないのである。
 客體は主體の表現としてのみ他者的存在を保つ。このことによつて客體的存在者相互の間にも同樣の關係が成立する。客體内容は相互には他者の間柄に立つが、各は主體の自己表現であることによつて、更に一が他を表現するに至る。かくてここに客體の世界に固有なる一事態が發生する。すなはち、客體は觀念的存在者として、實在的存在者としての主體との關係に立つが、そのことによつてそれは更に「意味」としての性格を擔ふに至る。意味には、内なるもの乃至隱れたるものを表はし出すといふこと、次に共通の中心によつて統べ括られることにより互に共通性乃至聯關を保つこと、がそれの本質的特徴をなす。全く孤立したるいはば一點に盡きる客體は、他者を離れたる主體と同じく、抽象乃至空想の産物に過ぎぬであらう。意味の無き客體は暗黒に等しく、もはや表現の任務を果し得ぬとともに、又觀らるべきもの觀想の對象でもあり得ぬであらう。かくの如く客體は主體によつて支へられつつ中心を有することによつて意味を獲得するが、又逆に主體も客體において表現を遂げることによつて單に隱れたる暗闇の存在にをはるを免れる。かくて主體は隱れたる中心に立ちその中心より生き又働くに相違ないが、顯はなる觀られ解される存在、意味ある存在を保つ限り、その存在は客體のそれに盡きる。客體及び客體的聯關、意味聯關、を離れて主體そのものを捉へようとする企てはすべて徒勞に歸せねばならぬ。主體の自己表現として客體は徹頭徹尾主體を代表する。
 尤もこれは客體が表現の任務を成遂げそれにおいて主體の自己が現實性に到達した限りにおいてのみ起る事態である。しかもかくの如き事態は決して完全に事實とはなり得ぬのである。客體は主體の表現ではあるが同時にそれに對して他者の位置に立つ。他者である限り客體は主體に對して單に可能的自己であるに止まる。それは、それにおいて主體の自己が實現さるべきものとしての、換言すれば、その自己實現に對する質料としての意義を擔ふものである。しかしながら純粹の可能性に盡きるとしたならば、顯はなる自己は全く姿を消し從つて客體も存立を失ふであらう。それ故客體はあくまでも形相及び現實性の性格をあはせ保たねばならぬ。かくして客體の成立從つて文化的主體の成立のためには、一方において自己性と現實性と形相と、他方において他者性と可能性と質料と、の兩者は缺くべからざる本質的契機としていつも共に具はつて居らねばならぬ。一方のみの徹底は結局一切の壞滅を意味するであらう。今他者性を徹底させるならば、それは實在的他者性に逆轉し、文化は自然的生及びそれの自滅の墓に葬られるであらう。之に反して自己性を徹底させるならば、自己を實現し盡して全く表面化した主體は、働きの向ふ先の他者と同時に働きの發する中心をも失ひ、實質なき夢の如く幻の如く消え失せるであらう。他者を失ふことは主體にとつては等しく死を意味するであらう。
[#ここから2字下げ]
(一) ライプニッツは exprimer 又は 〔repre'senter〕 といふ語を用ゐた。
[#ここで字下げ終わり]

        七

 客體の二重性格より來る文化的生の構造を正しく理解するために、吾々はここに「表現」と「象徴」とを特に區別しようと思ふ。これら二つの概念は必ずしも相背くものではない。むしろ半ばは相蔽ふものである。考へやうによつては表現は象徴作用によつて行はれ、象徴は何ものかの表現であるとも又すべての表現は象徴であり逆にすべての象徴は表現であるとも言ひ得るであらう(一)。共に表はす作用(表現)とも指し示す作用(象徴)とも名づけ得るであらう。共に一と他との二つの契機を含み、相分かれるものと相通ずるものとの二つの面を有する。しかしながら今吾々は表現においては特に同一性の契機を、象徴においては特に他
前へ 次へ
全70ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
波多野 精一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング